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三社祭

 【03//2017】

2017年5月21日(日) 三社祭は5月19日(金)より開催されましたが、最終日にカメラを担いで、浅
草に向かいました。写真枚数が470枚を超えましたので、落ち着いて整理できるまで時間がかかっ
てしまいました。

さて、当日は、田原町にam9:30には到着したいと思い、上野駅から東京メトロ銀座線に乗り変えて
田原町駅まで向かいます。上野駅には既に、’担ぎ屋さん’達もちらほら見受けられます。ここ近年の
祭りでは神輿の担ぎ手がいなく、プロなのか、セミプロなのかわかりませんが、’担ぎ屋さん’に結構
な出費があるようです。

その為、最近の祭りの掛け声が、ほぼ同じになってしまっているのは、いかがなものかと思いますが・・・

まずは、西浅草の神輿前に入ります。中には入れ墨の入った方たちも多くみえます。

そもそも。「三社祭」とは何を祀っているかですが、調べてみました。

三社祭のはじまり

時は推古天皇の時代の、漁師の桧前浜成(ひのくまはまなり)・竹成(たけなり)の兄弟と郷土の文化人
であった土師真中知(はじのなかとも)(後に僧となる)が祀り、三社権現と称しました。「三社さま」として
親しまれている浅草神社は、この三社権現社が始まりとされています。「三社祭」の「三社」の由来はここ
からのようです。

桧前浜成・竹成が隅田川で漁に出ていると、網には人型の像しかとれず、その像を、川に投げ戻しても
同じ像しか取れず、土師真中知に見せると、「これは、尊い聖観世音菩薩像で、自分も帰依する所の深
い仏像である」と兄弟に告げ、その功徳について、くわしく説明したそうです。

兄弟は、拾った観音が現世利益仏(信仰することによって、現世で得られる利福)であることを初めて知り
、信心が揺り起こされ。2人は、深く観音を念じて名号を唱え、「私たちは漁師です。魚がとれなくては、そ
の日の生活にも困ります。なので、どうぞ明日は大漁であるようにお願い申しあげます。」と祈りました。

翌日の朝。兄弟は、また網を隅田川に打ちました。すると、観音像に願ったように、大漁を得ることができた
とのことです。時に、推古天皇の36年3月19日(西暦628年4月16日)とのことです。

土師真中知は剃髪して僧となり、自宅に堂舎を構えて寺とし、観音像を安置し奉りました。そして供養護持
のかたわら、郷民の教化に生涯を捧げたそうです。土師真中知の亡くなった後、跡継ぎの子が、観世音の
夢のお告げを受け、桧前兄弟と土師真中知の3人を神として祀り、三社権現と称したようです。


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子供神輿もありますね国外の方も多く来られており、皆さん、スマホやカメラで写真をガンガン撮っ
ています。古い自転車も来ました。サイドカー付きです。

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過去、スカイツリーが建設中に、同場所から撮影をしたことがあります。

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警官も警備が大変です。無茶をするギャラリーが多いです。特にお年寄りです。

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三社祭がいつ頃から始められたかは不明のようですが、昔は、丑(うし)、卯(う)、巳(み)、未(ひ
つじ)、酉(とり)、亥(い)の1年おきに本祭が行われ、正和元年(1312年)から、三社の神話に基づ
いて、船祭の行事が始められたと言われているそうです。 この船祭は江戸末期まで続き、明治に入
って廃絶。明治5年から5月17日、18日の両日に祭礼を行い、現在の氏子各町に神輿の渡御を行う
ようになったそうです。

現在の祭礼は、昭和38年から5月の第3金・土・日曜日に行われています。スタートは木曜日の夜か
ら。本社神輿神霊入れの儀をして、金曜日はびんざさら舞奉納、土曜日は氏子各町連合渡御を、日
曜日には本社神輿の各町渡御を行います。

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昔の祭は3月17日、18日の両日、および6月15日に行われていたようです。現在のように、町内若
衆によって本社神輿をかつぎ廻るということはなく、むしろ船祭の行事が中心で、各町から繰り出さ
れた山車がその絢爛さや豪華さを競い合っていたそうです。その当時は、現在の氏子中だけでなく
浅草橋や蔵前筋の各町まで広範囲にわたって、三社祭に参加していたようです。

祭礼当日の早朝は、山車や獅子屋台などが浅草見附の御門外に集合。御蔵前から諏訪町、並木町
と進んで、仲見世から境内に入り、観音堂に安置された神輿の前にお参りします。そして、おのおの
の芸能を演じ、随身門(二天門)を出て、自分の町々へと帰るのが恒例のようでした。

この行列が午前10時半頃に終わると、「お堂下げ」といって神輿三体を本堂からおろし、一之宮を
先頭に仲見世、並木町を経て、浅草御門の乗船場まで担ぎます。ここで神輿を船にのせ、浅草
(隅田川)を漕ぎのぼって、駒形岸から上陸したようです。

以下から、神輿の受け渡しの場面です。

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祭りは、その躍動感と活気が好きです。



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